北東亜細亜共同体論

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敗北の経済学を地球温暖化問題にみる (2024.06.03)

敗北の経済学を地球温暖化問題にみる

 

 

敗北の経済学を地球温暖化問題にみる

 

経済学とは、そもそも何か。

それは、人間の物的欲望を、より豊かに満たす社会を提案する学問である。このことが、いま、忘れられようとしている。

さて、地球温暖化問題を取り上げよう。

18世紀から始まった産業革命以後、世界は、人々の欲望の増大に応えて生産を拡大してきた。だが、それに伴って排出する膨大なガスによって、地球全体が急速に温暖化してきた。そしていま、温暖化によって、地球の存続さえ危ぶまれるほどの事態に陥っている。

いったい、どんな社会の歪みが、こんな事態を招いたのか。いったい、誰が、それ程の温暖化ガスを排出しているのか。

これは、いまの経済学が、その中核におくべき最重要な問題である。しかし、多くの経済学者は、この問題に真正面から立ち向かおうとしない。そうして、この事態を回避するには、人間の物的欲望の充足を犠牲にすべきだ、と言っている。

これは敗北宣言である。

経済学が為すべきことは、物的欲望をより豊かに満たし、しかも、地球温暖化を阻止する社会体制を提案することではないのか。

 

 

上の図は、地球を温暖化する主要な原因であるCO2(2酸化炭素)ガスの排出量について、最近の状況を国別に示したものである。

やや詳しく説明しよう。

図の横軸は、各国の人口数である。縦軸は、その国の人口1人あたりのCO2排出量である。だから、この2つを掛け算した四角形の面積は、その国の全体のCO2排出量になる。

この図は、それを214の全ての国について、人口1人あたり排出量が少ない国の順に示したものである。

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はじめに、中国をみよう。

中国は四角形の面積が最も大きい。つまり、排出量が各国のなかで最も多い。この点で批判されることが多い。

しかし、その理由は、人口が多いからである。1人あたりの排出量をみると、米国の約半分の53%である。

もしも、民主主義が人間の1人ひとりを何よりも尊重する、というのなら、この点を注目すべきだろう。米国は中国を見習わねばならない。

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つぎに、インドに注目しよう。

インドは、人口が最も多い国である。だが、排出量はそれほど多くない。1人あたりの排出量は、米国の約1ケタ違いの13%である。それが理由である。

インドは、今後もこの状態を続けられるだろうか。

以前、インドの貧困状態は、「インド以下的」という表現があるほどに過酷な状態だった。それほど不当な植民地的搾取を押し付けられてきた。

だが、いまは社会主義国として憲法で規定された社会経済体制のもとで、目を見張るほどの経済発展を続けている。23年度の成長率は8.2%だった。8年10か月で倍増する勢いである。

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インドだけではない、アジア、アフリカ、中南米の多くの国々も、植民地として不当な搾取を受けてきた。これらの国々がいま、搾取から脱出しつつある。これを止めることはできない。その結果、経済は発展し、それにつれて排出量は増えるだろう。もしも、米国と同じ程度に増えれば、地球は温暖化どころか、沸騰して灼熱化するだろう。

どうすればいいのか。

地球温暖化は、資本に国境がないように、国境はない。全人類が協同して食い止めるしかない。

各国の、ことに旧植民地の人々の経済発展、つまり、物的欲望の充実と、地球温暖化の阻止を両立させねばならない。そうした社会を、経済学は提案しなければならない。

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農業の歴史には、「共有地の悲劇」という貴重な教訓がある。それは、共有地の共同体規制を緩め、私的利用権を強めたことが原因で過放牧をもたらし、その結果、荒れ地にしてしまった。そういう苦い経験である。

農業者は、このことから、経済過程の生産段階における資本主義の反社会性と、協同主義の優位性をを学んだ。つまり、生産手段の野放図な私的所有制の限界を見たのである。

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経済学は、地球温暖化のなかで、一握りの大資本家に奉仕する醜い敗北主義の経済学と決別して、大多数の農業者や労働者に奉仕する協同主義の経済学に脱皮せねばならない。

その先には、新しく姿を整えた、みどり豊かな、新しい社会主義が待っている。

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