日本農業経済学会の創立100周年おめでとうございます。この記念大会のハレの日にお招きを戴き、録画ではありますが、お祝いの言葉を述べる機会を与えて下さったことは、私にとってこの上のない誉れであって、まことに有難く、ここに篤くお礼申し上げます。
若いころ、私が本学会に加入を許されたことは、私の生涯を決める重大な出来事でした。この100年間の途中からではありますが、その大半を、本学会の皆さんと共に生きてきたことは、私にとって最大の幸運であり、無上の喜びでありました。
さて、振り返って100年前を考えますと、それは「米騒動」で日本中が混乱を極めていた時期でした。鎮圧のために軍隊が出動しました。また、しばらくして、農村の疲弊を憂えた青年将校が、政権奪取を企てて立ち上がりました。東京に戒厳令が敷かれました。
このように、当時の農村の困窮は、日本全体を揺るがすほどの事態を招きました。その後、日本は、あの忌まわしい第2次大戦へ突入しました。そして、原爆などで老若男女あわせて310万人もの大勢の日本人が、かけがいのない尊い命を無残に絶たれました。
このように、日本社会の全体が騒然とした状況の中で、本学会が創立されたのです。
創立に参加されたのは、研究者だけではありませんでした。農業協同組合に関わる人たちの多くも参加されました。
上の図で示したものは、本学会の学会誌「農業経済研究」の創刊号であります。この中には、本学会創立の趣旨が書かれています。
その内容は、100年を経たいまでも生きていて、鋭い光彩を放っています。先人たちの先見の明には、ただただ感嘆するばかりです。
要所を引用して読み上げます。
はじめは、この部分です。【・・・農村問題・・・が・・・我が国の社会に大いなる関係を有することは・・・明らかである。】。(【】の中は原文のまま、以下同じ)。たしかに、その通りで、当時は大部分の学会員の共通した認識でした。
また、【農業経済学会は、農業、農村に関するあらゆる問題を考究せんと欲する。】といっています。ですから、時事問題も大いに取り上げるのですが、そのさい、【時事問題的に堕するのを止め、その裏面に流れる無限の意義を捉えたい。】といっています。
100年前のこの文言を、100年後の我々はどう読むか。 以下に、私見を2点述べたいと思います。
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第1点は、農業・農村問題が日本社会の全体に重大な影響を及ぼしている、という認識であります。100年後のいま、この認識は誤りになった、という見解があります。そうでしょうか。
たしかに、経済活動の規模でみたとき、農業は縮小の一途をたどっています。それと同時に、日本は格差社会に変質しました。 この格差社会の中で、農業者は労働者とともに低所得者層に落とされたままで、呻吟しています。このことは、経済の事実として、農業者と労働者の位置が近づいてきたことを意味します。これは、資本主義のもとでは必然の結果であります。
歴史の事実をみると、農業者を、労働者と資本家に分解する意志と力が、その後の資本主義になかったのです。それゆえ、労働市場の激しい競争のなかで、農業者の所得と労働者の賃金とが低位で均衡することになったのです。
ここには労農同盟の基盤があります。そして国民の圧倒的な多数を占める労農同盟のもとで、農業・農村問題は労働問題とともに、資本主義がつづくかぎり、今後も日本社会の全体に重大な影響を及ぼし続けるでしょう。ここには、唯物史観に基づく確固とした歴史観があります。
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第2点は、時事問題的に堕するな、という戒めについてです。これは、論説が表面的で浅薄になることへの戒めです。論者の知性の怠慢に対する痛烈な批判です。そして、この批判は、残念ですが今でも生きています。
それは、歴史観の欠如に起因しているのではないか。論者が、目指すべきだ考えている国家像が、論説の行間から滲み出ていない。
いまの時事問題の根底には、社会全体への市場原理主義の浸透があります。その結果として、格差問題があります。このことを、論者は、理想としている国家像のなかで、どのように位置づけているのか。それが、今後も長く続くことを歴史的必然とみるのか、否か。
唯物史観によれば、否でしょう。いまの資本主義の基調になっている市場原理主義は、やがて歴史から消え去るでしょう。資本主義を温存したままで、市場原理主義を改良するのは不可能です。資本主義の本性に根付いているからです。
その後にくるものは、国民の大多数を占める労農同盟を主体にした、資本主義の否定であり、社会主義の復活だと思います。
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それは、手垢のついた古い社会主義ではありません。一部に市場原理の優れた点を取り入れた、しかし、主要な生産、流通部門は共同体が支配し、その経済成果は、市場だけで評価するのではなく、共同体の全員が、あらゆる視点から、総合的に評価する、つまり、正真正銘の社会主義です。これが、新しい社会主義です。
その最も近い地点に、協同組合主義があります。国家でいえば中国です。そのように、私は考えています。
以上が、いたずらに馬齢を重ねた老人のたわ言であります。
ご清聴ありがとうございました。
(小稿は、加除修正して、3月30、31日に東北大学で開催される、日本農業経済学会100周年記念大会での祝辞にする予定です。)
. (2024.03.18 JAcom から転載)